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2006年9月24日 (日曜日)

「次元」が違う?

今日はNHK BShiで、『吉田拓郎&かぐや姫』のつま恋でのライブを放送していたようだ。・・・ようだというのは録画していたので、まだ少しだけしか見ていないためなのだが、もう31年前ですか・・・光陰矢のごとし。

私は中学生だったので、その時のつま恋には行っていない。今の中学生には理解不能かもしれないが、当時の中学生がこんなライブを見に遠征するなど、「普通」はあり得なかった。どこかで「買い食い(懐かしい響き・笑)」することさえ固く禁止されていた時代。ギターを弾き語るなど、下手をすれば(住んでいたのが地方だったかも知れないが)「不良」呼ばわりされていた(笑)。

それに加え、当時は見た目はともかく、今と同じく「ひねくれモノ」で、「皆が行く」とか「話題になっているから行く」的な発想を頑なに拒んでいたし、「皆で盛り上がろうぜ」的なものに対する興味がまるでなかったのだ。今の自分を考えると、やっぱり円くなったのかなぁ・・・と。

中学生の頃は・・・今と同じ陽水派だった(笑)。当時の私のいた学校では、大きく「陽水派」と「拓郎派」に分かれていた。今考えれば、「かぐや姫」はその間の緩衝材的な役割だったような気がする。というのも、「陽水派」の筆頭的な私であったが(笑)、別に「拓郎派」と派閥抗争をしていたワケではなく(笑)、一緒に休み時間にハモったり、昼休みには音楽室で「ガット」ギターを共に弾き、理解のあった若い先生に無理を聞いてもらい、体育館で一緒に弾き語りのライブなどもしていた・・・それが、一緒にやる曲はというと「かぐや姫」のそれだったのだ。弾き易い、ハモリ易いというのが、その大きな理由だったのだろうか。

今日録画したものを少しだけ見たが、「パンダさん、イイ感じで歳を重ねられているなぁ」と思ったり、「懐かしいなぁこの曲ハモったよなぁ」、などと思うことはあったものの、心を揺さぶられるまでには至らなかった。全て見れば感想も変わるのかも知れないし、拓郎やかぐや姫は今も素晴らしいアーティストだと思っている。これは間違いがない。ただ音楽は好みの問題ということ・・・で片付けていいものなのだろうか?

・・・と思い、つらつらと、自分が歳を重ねて積み重なったものを踏まえ、少し俯瞰した気分で番組を見ていると・・・陽水氏のライブを見ているときのように心が揺さぶられないのは、多分「次元」が違うからではないかと思い至った。拓郎氏やかぐや姫の歌は、その時々の「現実」を切り取った世界観・・・言い換えれば「3次元」の魅力であり、他方陽水氏はと言えば、異次元の世界観、つまり「4次元」の魅力なのかなぁ・・・と。私は「4次元」に惹かれてしまう・・・ということなのだろう。そうは言っても音楽の世界・・・前首相のように単純化できないものだろうが・・・

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